Bourgeon Law Firm’s blog

中国現地(上海)にいる海外案件専門の法律事務所。日本から中国への投資、現地会社の設立、合弁事業、クロスボーターM&A、会社法務、訴訟、人事労務、コンプライアンス、知的財産関連などに対応しております。

【中国法実務】合弁は事業者結合と本当に関係がないか?

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 2021年3月12日に、中国国家市場監督管理総局(以下「市監総局」という)は、インターネット分野における10件の事業者結合に関する違法実施に対した行政処罰を開示し、中国で多くの関心を持たれた話題になりました。その中、Didi Mobility Pte. Ltd.とソフトバンク株式会社が実施した合弁会社の新設案件(以下「本件合弁」という)は、外国関連の合弁会社新設に関する事業者結合の未申告で処罰された唯一の案件となりました。事業者結合について、専門家以外の目からみれば、「大手企業の合併や買収のみに関与し、合弁会社の新設と関係しない」と思いがちかもしれませんが、本当にそうなるのでしょうか。

 

  1. 本件背景

 

市監総局が発行した行政処罰決定書(国市監処[2021]18号)により、本件合弁に関わる当事者は、シンガポールに登録されたDidi Mobility Pte. Ltd.(以下「滴滴出行」という)、および日本に登録されたソフトバンク株式会社(SoftBank Corp.。以下「ソフトバンク」という)です。2018年5月に、滴滴出行とソフトバンクは、株主契約を締結して共同で出資した上、日本において合弁会社(DiDiモビリティジャパン株式会社、基本情報は下図参照)を設立して、同年6月に営業許可書を取得しました。当該合弁会社において、双方の持分比率はそれぞれ50%です。

 

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(出処:インターネット)

 

本件合弁の株主双方は、全世界における売上高、および中国国内における売上高のいずれも「事業者結合の申告基準に関する国務院の規定」(中国語名:《国务院关于经营者集中申报标准的规定》)の第三条に合致したものの、合弁会社を設立する前に、市監総局への申告を行いませんでした。なお、2018年7月19日に、ソフトバンクは、公式サイトにおいて滴滴出行と提携して合弁会社を設立したこと、およびタクシー配車プラットフォーム業務の展開情報をリリースしました(下図参照)。

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(出処:インターネット)

 

2021年1月25日に、市監総局は、本件合弁について事情調査と審査を行った上、本件合弁が「独占禁止法」の第二十一条に違反して事業者結合の違法実施に該当したが、競争を排除・制限した効果がないとの結論を確定しました。これに基づいて市監総局は、双方に対して、関連行政処罰の上限に相当した50万人民元の過料をそれぞれ科しました。

 

  1. 見解および分析

 

事業者結合の申告といえば、持分譲渡の場合によく実施される手続ですが、本件のような合弁会社の新設にあたって、競争を排除・制限する効果の有無を問わず、双方が申告基準に達せば、事業者結合の申告は義務付けられます。しかし、残念ながら、実際、法的リスクの意識を十分に持たない一部の企業は、取引を実施する時に申告義務を無視して合弁会社の設立を完了したので、気づかないうちに事業者結合の申告に関する制度に違反してしまいました。

 

関連法規定からすれば、2008年8月1日より実施された「独占禁止法」には、合弁会社の新設にかかる事業者結合の申告の義務が明確に定められておりませんが、同法第二十条第1項第(二)号に基づいて、「事業者は、持分または資産を取得する方式で、その他の事業者に対する支配権を取得する」という条文があるので、合弁の場合でもこの条文の適用を受けるかと思われます。また、「独占禁止法」を根拠とした「事業者結合の申告基準に関する国務院の規定」においても、合弁会社の新設は明確に定められておりません。

 

また、「事業者結合の申告基準に関する指導意見」(中国語名:《关于经营者集中申报的指导意见》)の第四条に、共同支配による合弁企業の新設が事業者結合に該当すると明記され、同法の第三条第2項に、「共同支配」の認定要件(取引目的、行動計画、持分構成、株主会・取締役会における決議メカニズム、高級管理職の任免等)が列挙されております。加えて、「事業者結合独占禁止審査申告表」(中国語名:《经营者集中反垄断审查申报表》)(2018年改正)第2条(取引の性格)において、「合弁企業」という選択肢が設けられております。これらにもかかわらず、合弁会社の新設が申告に該当するかについて、「独占禁止法」において明確にされていないことは、合弁会社の新設にあたって関連申告が不要であるとの勘違いを招いた客観的要因になったかもしれません。

 

上述の問題を解決しようとしたためか、2020年12月1日より実施された「事業者結合審査の暫行規定」(中国語名:《经营者集中审查暂行规定》)の第十七条において、簡易手続の適用条件に関し、合弁企業というキーワードが明確に言及されました。これは、合弁会社の設立に関する申告の要否について立法機関による再度の回答になったでしょう。また、2020年11月19日に、上海市市場監督管理局は、地方基準としての「経営者競争コンプライアンスガイドライン」(中国語名:《经营者竞争合规指南》)(DB31/T1255-2020、2021年3月1日に発効)を公表しました。当該ガイドラインの第6.4.2条により、事業者は、幾つかの重点分野における競争に対し、コンプライアンス上の管理を強化しなければなりません。その中には、合弁会社の設立にかかる事業者結合の申告が含まれました(同条のe項を参照)。こうして、本文冒頭部の問題に対しいかに答えるべきかは、明白になったのではないでしょうか。

 

  1. まとめ

 

「事業者結合審査の暫行規定」の第十七条第(二)項により、結合を実施した経営者が海外で合弁会社を設立し、かつ当該合弁会社が中国国内で経済活動を展開しなかった場合、事業者は、簡易手続に沿って申告することができ、市監総局は、その申告を審査します。従って、本件の場合、本来、簡易手続を適用してタイムコストを必要最小限に抑えながら合法に申告を完成できるはずだったものの、なぜか双方とも事業者結合の申告を行いませんでした。

 

2019年、筆者は、世界企業番付フォーチュン・グローバル500に入った日本の某大手会社と中国の某上場会社による合弁事業のためにリーガルサービスを提供しました。当時、合弁事業の双方当事者の売上高が申告基準のいずれにも達しましたが、中国側の上場会社は合弁手続を速やかに完了することを希望し、本件合弁が関連業界における企業間の合併や買収に該当せず、競争を排除・制限する効果がないことを理由として、事業者結合の申告が不要ではないかと考えました。ただし、最終的には、弁護士らのたゆまぬ努力の結果、双方は合意の上、スムーズに申告を完成し、行政処罰のリスクを無事に回避することができました。

 

これを受け、本文をご作成し、皆様のご参考になればと願います。

 

以上

 

【中国法実務】取引相手の株主まで返済を求められるか?

一、 はじめに

 

周知の通り、会社(有限責任公司)という制度の基本は、法人格の独立性及び株主の有限責任にあります。すなわち、会社は、株主の財産と一線を画す自らの財産をもって、主体的に第三者に対し責任を負い、株主は出資額を限度として会社の責任を負うが、会社の債権者に対し直接責任を負わない、という原則です。

 

しかしながら、中国ビジネスの実務において、株主が会社の独立とした法人格及びその有限責任を悪用して、これらを盾に、会社の債権者への返済義務から逃れることは、決して珍しいことではありません。株主の有限責任と債権者の利益との間のバランスを取るために、中国会社法の第20条第3項は、そのような場合に、債権者の利益を著しく害した株主をして、会社の債務にかかる連帯責任を負わせるとし、株主の有限責任を突破する例外を認めております。ただ、具体的にどのような場面において株主まで責任を追及できるか、会社法では明らかにされていないため、2019年11月に最高人民法院により公布された「全国法院の民商事審判業務に関する会議の要旨」(以下「九民紀要」という)は、これに関する詳しい見解を示しました。

 

よって、本文は、九民紀要の規定を踏まえて、会社法人格の否認(つまり、株主への責任追及)の要件を簡単にご説明致します。

 

二、 法人格否認の要件

 

「九民紀要」第二点の(四)によれば、法人格を否認し、株主に連帯責任を負わせるには、結果、主体及び行為の三要件を満たさなければなりません。まず、結果要件とは、会社法人格の独立地位及び株主の有限責任に対する濫用行為により、会社の債権者の利益が著しく害された(つまり、会社が自らの財産で債務を返済できなくなった)ことを指します。そして、主体要件は、上記濫用行為を行なった株主に限って会社の債務について連帯責任を負い、他の株主が当該責任を負わないことです。また、行為要件とは、実務において、上記濫用行為が通常、人格の混同、過度な支配もしくは著しい資本不足の形(詳しくは下記三参照)で現れることを指します。

 

なお、法人格の否認は、会社の法人格に対する徹底的な否定ではなく、具体的な事案において、特定の事実及び法的関係に基づいた、株主の有限責任を突破し会社債務との連帯責任の負担を株主に命じる例外事象に過ぎない、と捉えるべきです。法人格否認の判決は、その拘束力が当該訴訟の当事者にしか適用されず、当事者である会社の他の訴訟にも当然適用されるわけではありません。

 

三、 濫用行為

 

さて、会社法人格の独立地位及び株主の有限責任に対する濫用行為について、実務においてよく見られるパターンを次の通りご紹介します。

 

  1. 人格の混同

会社法人格と株主の人格との混同について、一番の判断基準は、独立とした意志と財産が会社にあるか否かです。実際、会社の財産と株主の財産との境界線が曖昧で、互いの区別がつかないことにより、人格の混同と見なされることが多いようです。裁判所が人格の混同を判断するにあたって考慮する要素は、主に、下記に掲げるものとなります。

 

  • 株主が会社の資金または財産を無償で使用し、帳簿に記載しないこと。
  • 株主が会社の資金で自らの債務を返済する、もしくは、会社の資金を無償で関連会社に使わせる、かつ、帳簿に記載しないこと。
  • 会社の帳簿と株主の帳簿との間に区別がつかず、両者の財産を区別できないこと。
  • 株主の収益と会社の利益との間に区別がつかず、両者の利益を区別できないこと。
  • 会社の財産が株主の名義で記帳され、株主により占有、使用されること。
  • 人格混同のその他情状。

 

また、人格混同の場合、業務上の混同、従業員(特に、財務関係者)の混同、住所の混同も同時に存在することが多いです。これらは、人格混同の判断に必要な条件ではありませんが、その容認を補強する要素となりそうです。

 

  1. 過度な支配

会社の支配株主による過度なコントロール及び意思決定の支配により、会社が独立性を失い、支配株主の道具となり形骸化してしまい、会社の債権者の利益が害されてしまった場合、法人格の否認が認められる可能性があります。例えば、次のようなケースです。

 

  • 親子会社間または子会社間において利益の移転がある。
  • 親子会社間または子会社間の取引で、利益を当事者の片方で享受するが、損失を相手方に負わせる。
  • 会社から資本金の払戻を受け、経営目的が同様か近似する別の会社を設立して、元会社の債務から逃れる。
  • 会社を解散し、元会社の場所、設備、人員をもって、経営目的が同様か近似する別の会社を設立して、元会社の債務から逃れる。
  • 過度な支配のその他情状。

 

従って、会社の支配株主または実際の支配者が、複数の子会社または関連会社をコントロールして、これらの会社を道具として操り、債務の逃避または違法経営を行う場合には、当該子会社または関連会社の法人格が否認され、支配株主に対し連帯責任の負担を裁判所により命じられる可能性が高いようです。また、グループ会社の運営において、会社法及び会社の定款に基づく意思決定、及び、関連会社間取引の正当性及び公平性に注意する必要があります。

 

  1. 著しい資本不足

会社設立後の経営において、株主の払い込んだ資本金が会社の運営に潜むリスクと比べれば明らかに不足し、株主が少ない投資で力の及ばない経営を行い、経営の誠意を持たず、会社の独立した法人格及び株主の有限責任を悪用して投資・経営のリスクを債権者に移転する場合には、「著しい資本不足」と認められ得ます。

 

ただ、少ない投資で大きな利益を得るという正当な会社運営との区分けが難しいため、裁判所は、他の要素と合わせて考慮する上、慎重に認定する傾向にあります。また、これまでの裁判例を見れば、株主による出資金の払い戻しだけで「著しい資本不足」に直結することができず、「著しい資本不足」の認定には、株主の悪意という要件を満たさなければならないようです。

 

四、 終わりに

 

上述する法人格の否認以外、会社の有限責任を飛び越えて株主の責任を追及するには、会社の債権者は、出資義務を履行しなかった株主の補足賠償責任(会社法解釈三第13条第2項)、出資の払い戻しを受けた株主の補足賠償責任(会社法解釈三第14条第2項)、非現金財産による出資の価値減少に基づく出資補足責任(会社法解釈三第15条)、故意または重過失による清算組メンバーの賠償責任(会社法第189条第3項及び会社法解釈二)、会社解散時に出資の払込を行わなかった株主の連帯返済責任(会社法解釈二第22条第2項)、一人有限責任公司の株主連帯責任(会社法第63条)などを検討する価値もあります。

 

なお、会社の債権者による法人格の否認及び関係株主への賠償請求の訴訟において、対象株主を被告とし会社を第三者として訴訟に参加させるか、対象株主と会社を共同被告とするかは、実際の状況を踏まえて、「九民紀要」第二点の(四)13を参考して判断する必要があります。